1980年の頃の日本・世界は・・・
1978年に成田空港が完成
1979年にはガソリンスタンドの日、祭日休業、イランイラク戦争の勃発
1980年には日本の四輪車生産台数1100万台で世界一へ
そしてピットクルー創業
1980年2月
現在の津田沼店にてピットクルー創業。
当時の店舗は間口4.5メートル、面積11坪足らずの小さな店舗。
スタッフは現社長、渡會とアルバイト1名でした。
メイン看板はヤマハでしたが、ホンダ、スズキ、更に当時少なかった
カワサキも取扱。カワサキ看板が付くのは3ヶ月後!
店舗から道路に向かってヤマハXT650、バーティカルツインエンジンをオブジェのように展示。
店内壁全体にはサーキットをイメージしたデザインを描くなど、差別化を演出して小さいながら特徴をアピール。
開店時の展示車両はヤマハパッソル、パッソーラ、チャッピー、MR50、
RD50、ホンダロードパル、モンキー、DAX、MB-5等など原付車
スポーツ系はCB400ホークⅡ、CB750F,GX400、XT650など
因みにピットクルー販売一台目はホンダロードパル特価車でした。
当時よく売れたスポーツバイクはXJ400、RZ250、XS250sp、Z400FX等でしたが何れも3ヶ月から半年待ちの状態でした。
ツーリングクラブ&モトクロス練習会
開店後、間も無く第1回房総ツーリングを7名で実施。
その後お店のツーリングクラブ誕生、毎月第3日曜日に定例ツーリングを実施、クラブ機関紙をガリ版ずりで毎月発行、クラブミーティングを津田沼教習所で実施する等活況を呈し、最盛期には会員が100名ほどになる。
クラブ員の熱心な勧めもありミニモトクロス練習会をはじめる。
日曜日の朝6時頃から開店までの早朝練習をお店主体で開始。
場所は第二湾岸完成前の幕張、京葉港近辺の埋めた地のコースで誰でも走行でき、コースも無数に有った。
当時のマシンはYZ80、KX80など何れも空冷モトクロッサー中古で、装備もジャージ、長靴などで、今と比べると殆ど無いに等しいものでした。
原付免許教室
ホンダロードパルに続いて、ヤマハからパッソル、パッソーラの発売もあり、急激に高まった原付需要に対応して原付免許教室を独自に開催。
当時の坂月免許試験場までマイクロバスで送迎する事は勿論、納車時の路上乗り方指導など等、親身になった指導により今でも当時のお客様からお礼を言われる事も!
1980年(昭和55年)はどんなことがあった年だったのでしょうか。
ピットクルースタッフが当時を振り返ってみました。
松田聖子さんや田原俊彦さん近藤真彦さんが(歌手として)デビューしたのがこの年。チョロQやルービックキューブの大流行など“そういえばこの頃だったかな”と思い当たるものがあります。スポーツ飲料ポカリスエットのデビューも同年。
元ビートルズのジョン・レノンさんが銃撃され、亡くなられたのも1980年12月8日の出来事でした。
とにもかくにも私達がお客様とふれあう事ができるのも「ピットクルー」があって成り立っているわけで・・・
どうぞこれからもよろしくお願い致します!
【オマケ】1980年の新商品・ヒット商品
■ゲーム ルービック・キューブ[ツクダオリジナル、1,980円](7月)
<ハンガリーの美術大ルービック教授が教材用に考案。日本では2年間に400万個が売れた。>
■玩具 チョロQ[タカラ、350円]
■飲料 ポカリスエット[大塚製薬、120円]
■ウォッシュレット[東陶機器、149,000円]
■菓子 カール[明治製菓]
■菓子 コーラアップ[明治製菓]
<グミキャンディー。食べるコーラとして売り出した>
■ソーラー電卓[東和サン電気、6,500円]